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「翳」という一文字の名は、かつて仲間から「武道家みたいで格好いい」と評されたことがある。だが当の本人は、そんな大層なものだとは思っていない。自分の名前は嫌いじゃないし、むしろ、この字を一画ずつ丁寧に書き進めていくときの感触は、けっこう気に入っている。 しかし、ペンに力を込めながら名前を書くたび、翳はあの日のことを思い出してしまう――前職に採用され、契約書に慎重にサインを記した時のことを。 その仕事を得るために、翳は同僚たちのやっていることをことごとく受け入れた。取引先に好印象を与えるため、サインの練習をすることも、例外ではなかった。 …まあ、分からなくもない。真面目に文字を書くだけで体面が保てるなら、誰も苦労はしないだろう。 ただ、今の翳のサインは、全体としては丁寧だが、よく見るとところどころ走り書きのように崩れている。 これは、外見を取り繕うことを諦めた証なのか。それとも、休暇を取りすぎて気が緩んだのか。はたまた、緊急任務と後始末の連続で、そんな余裕すら奪われたのか。 そのうえ、翳が思い描いている「あるべき仕事環境」作りには誰も協力してくれず、地道にルールを守っているのは彼一人だけ…まあ、それも仕方がないことだろう。 ともはあれ、翳は異象管理局での仕事環境には慣れた。隊員たちの冗談も、特に反感を持つほどではない。 例えば、以前、管理局の食堂に新しいおばちゃん職員が入ったときのこと。 そのおばちゃんは、翳が何も言わないうちに、骨付き肉を皿に多めによそい、隣の職員にこう言った。「うちの子は、これが大好物でね!」 相手は慌てて小声でたしなめた。「あの方は異骸じゃない!E.T.D第4小隊の副隊長だよ!」 翳は、整然と盛られた料理の端に置かれたサービスの骨付き肉をしばらく見つめ、それから無言でトレーを持ち上げた。「うちの子」の品種が何なのか、最後まで聞かなかったのである。






































